|おどおど周囲の反応を気にしたり顔色を窺っていませんか?
人に嫌われたり、不愉快にさせるのは誰しも嫌で避けたいことです。
常に相手の立場に立って考え行動するのは大切な事なのですが、それが相手のことを思ってではなく、自分への評価がマイナスになることを避けるためだとしたら、止めるべきでしょう。
「こんなこと言ったら嫌われるかも・・」「こんなことしたら気分を害するかも・・」等、相手の反応や顔色をうかがう事を繰り返していると、相手に合わせようとする卑屈さが身についてしまう事にもなります。
しかも、反応を気にしたり顔色を伺う対象者にはいろいろな人がいて、人の数だけ反応がまちまちです。
それぞれの反応や顔色を伺い、気に入れられる様にふるまうためには、人数分の自分が必要になってきます。
そんなことしていたら、単純に疲れるだけではなく、本当の自分自身が分からなくなってしまう。
挙句に、そんな事を繰り返していると、いつしか行動や考えが見透かされ、不信感を持たれる結果にもなってしまいます。
相手によって変わらない自分を意識することが必要です、それが信頼される人になる近道のひとつです。
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|毅然とした「断る力」は信頼に繋がると心得て欲しい
例えば、周囲の同僚や先輩、後輩が仕事をたくさん抱えてアップアップ状態になっているのを見たら、何かしらの手助けをしてあげるのは、職場の仲間としては当然の行為と思います。
但し、自分も手一杯という状況なら、話は別です。
自分が抱えている仕事量や期日など状態を判断して、可能ならば手伝ってあげる位でいいと思うのです。
状況判断が的確で断ることができる人はいいのですが、状況に関わらず「断るのが苦手」という人もいます。
断るのが苦手な人は、ときには自分の仕事を犠牲にしてまで頼まれた仕事を手伝ってしまうケースもみてきました。
一度頼まれて安請け合いで引き受けてしまうと、断るのがどんどん難しくなります。
「Aさんの仕事は手伝ったが、Bさんは断った」となると、人によって或いはその時の気分で対応が変わると評価され、嫌われるのがイヤで手伝ったことが裏目に出てしまうことにも・・、これはもう断れなくなる。
要領のいい人や図々しい人は、そこに付け込んで「何を頼まれても断らないで、引き受けてくれる」と見透かされ、益々頼まれ仕事が増えていき、悩まされることになるのですが、かといって周囲からの評価は高くはならず「便利屋さん」扱いになってしまう場合がほとんどです。
そうならないためには、まず「頼まれたことを断ったら、嫌われてしまうかも・・」という思い込みを捨てることが一番。
頼まれた仕事も自分の仕事も、中途半端になったら元も子もありません。
安請け合いで引き受けたり手伝っても、成果や結果によっては信頼を裏切ることにもなります。
「できないことは、できない」とはっきり断ればいいだけなのです。
そのかわり、手伝える時は可能な限り精いっぱい手伝う!できない時は、簡潔に自分の状況を話して断る。
引き受けると断るが明確に相手に伝わることで、例え断っても納得してもらえるので「嫌われるかも・・」の心配は払拭できるし、また引き受けた時は全力で手伝うことによって、結果に関わらず周囲から得られる信頼感は格段に違ってくるはずです。
|損得の打算だけで行動すると信頼は離れて行く!
仕事やプライベートを問わず行動する時は、人間なら誰しも少なからず損得計算をしてしまいがち。
悪い事ではないと思いますが、度が過ぎると如何なものかと思うのです。
好きか・嫌いか、いいか・悪いか、面白いか・つまらないか、・は「やる・やらない」を判断する場合に大きな影響を及ぼすことになりますが、決定的なのは「損か得か」ではないでしょうか。
特に仕事においては、取り組む前に「この仕事は評価に影響するのか」を考えてしまう、仕事の結果を最良の場合と最低ラインを想定し、損得勘定が自然と働いてしまう。
しかし、損得勘定は往々にして、思惑通りに行かない場合が多い。
例えば「簡単でつまらない仕事だから、上手くいって当たり前なので評価は低い、やるだけ損かな!」と思った仕事でも、実績を積むひとつと思えば見方が変わってきます。
どんな仕事にも真摯に取り組む姿勢は、周囲や上司はホントによく見ています。
その積み重ねが信頼に繋がってきます、マイナスになる仕事はない!と言って言い過ぎではありません。
損か得かで判断する感覚は意識する、しないに関わらず人間だれしも気持ちの中に持っています。
だからこそ、身近な同僚や知人が損得勘定で行動しているのが見えてしまうのです。
時には・・なら許容範囲と思っても、ほとんどの判断基準が「損得勘定」だと信頼を寄せるのは無理なことは理解できるでしょう。
プライベートでも同じです。
友人同士の付き合いでも、幾度か損得の計算が働いているなと思われたことがあったら、何かしてあげようと思っても、素直に受け取ってくれなくなる。
何か思惑があるのでは・・と、公私に関わらず「損得勘定で動く人間」というレッテルを貼られてしまうと、それを覆すのは非常に難しい。
信頼される!から最も遠い場所にいる人になってしまいます。
では、信頼されるにはどうしたらいいのでしょうか?
最初に信頼されるためという打算からスタートしないこと、そして何に対しても誰に対してもブレないこと。
仕事でも、プライベートでもやる、やらないの判断を対象者や対象事案は二の次にして、自分の現況から検討をスタートさせると、えり好みではなくブレない判断が可能になってきます。
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|上から目線では信頼は得られません!謙虚が大切
日常の会話の中でも、何気なくでも自慢話になってしまう割合は高いと思うのです。
他の人から「高い評価を得たい」「信頼されたい」という気持ちの表れとして、ついつい自慢話になってしまう様です。
自慢話としては性格や人としての内面的なものでは無く、往々にして学歴や仕事上の役職歴、家系や子供等々で、表面上の評価が主で自分は周囲と比べても優秀と思い込んでしまう。
悪い事に、自慢話に少し脚色して尾ひれを付けて話すことで、尾ひれさえも自分の中では事実になってしまうことが往々にしてある様です。
そんな人が増えている感じはしませんか?SNSが拍車をかけて嘘も方便とばかりに、人を引き付ける自慢話合戦になって、無意識のうちに上から目線になって話をしてしまう人もいます。
これはいい傾向ではありません。
「上から目線」の人は自分の評価は高く、周囲を見下すため態度は高圧的で尊大になります。
自分の高評価と実力が一致しているならまだしも(ほとんどいない)、周囲の客観的評価が自慢レベルとは認められない場合、ただ単に嫌われ恨みを買うだけになります。
「評価をするのは自分ではない!他の人がする」厳しい文言ですが頭の隅に置いてマイナスはないと思います。
自分の言動が知らず知らずの内に「上から目線」や「無意識の自慢話」になっていないか時々でもチェックすることをお勧めしたい。
チェックすることで自分が何に対して高評価しているのか気が付くと思うのです。
例えば、学歴や出身校の場合なら評価の基準は学歴や出身校になりますが、自分より上と判断すると「卑屈」とまでは言いませんが、話題にしなくなる。
思い返してみて「自慢話」や「上から目線」と受け取られることもあったかも・・と思ったら、「謙虚に、謙虚に・・」を心がけて頂きたい。
昔の人は、いいことを言っています「実るほど頭が下がる稲穂かな」謙虚さは、やった成果を倍に評価してくれます。
相手によって変わらない!ブレない自分を保つこと、判断の基準は今の自分の状況で、そして謙虚!信頼を得るには時間は必要で簡単ではないが、やる事は少ない!その気になれば難しくはないはずです!
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