当然と思っていた習慣や行事を見直してみるとスッキリ!

シニア世代にはもっと緩く過ごして欲しい!

|冠婚葬祭も今まで通りではなく手を抜いてもいい・・かも!
外国の友人が日本の慣習について首を傾げることが有ると言います、その一つが冠婚葬祭の儀式だと・・!

儀式そのものが派手で、複雑怪奇!弔意や祝意をお金であらわすことにも違和感を覚えるらしい。


確かに言われてみると、結婚式や葬儀に際して、祝い金や香典の金額が単純に人間関係に応じて「相場」があることも事実で、気持ちがお金で計られている感じがしない訳ではありません。


口には出さなくても、そう感じている人は結構多いと思います。


本屋さんに行くと驚くほど、冠婚葬祭に関する書籍が並んでおり、儀式に関して懐疑的な内容も少なくありません。


中には、「昔から、長い時間をかけて伝えられてきた日本独特の儀式なのだから、尊重して従って当然」と言う人もいるとは思いますが、現在の冠婚葬祭はどうも戦後の高度成長期に経済と共に作られた習慣がほとんどの様です。


昔は、結婚式も葬式もほぼ自分の家で行われていましたし、提供される料理も家庭料理がほとんどでした。


それが今では、結婚式も葬式も専門の業者が取り仕切って、形が先行し派手さが目立つ演出も少なくありません。


参列して思うのは、心がこもっていないとまでは言いませんが、松竹梅のランクが優先されお金ありきの残念な儀式が増えてしまったと感じることが多い。


更に、我々日本人は冠婚葬祭に関して、どうも財布の紐が緩くなりがちかも知れません。


しかし、ほとんどのシニアは年金が主な収入源で、金額も現役時代より少ないはずです。


それなら、冠婚葬祭に関しても現役時代ほど財布の紐をゆるめる必要はなく、シニア流儀に変えてもいいと思うのです。


結婚式や葬儀に出席しようとすれば、お祝い金や香典に止まらず交通費や諸々の経費もかかります。


現役時代は仕事上の付き合いもあって出席しなければならなかったとしても、退職してからはそれほど頑張ってお金をかけなくてもいいでしょう。


心から祝いたい!或いは哀悼の意を尽くしたい!と思う儀式以外は、不参加や電報位でもいいと思うのですが・・如何でしょう。


当然ですが
自分の葬式も、周囲に負担をかけさせない様に予め考えておくべきでしょう。


家族葬は当然の時代になったと思いますし、更に最近は「直葬」といって、通夜や告別式も省略し近親者だけが集まって火葬のみを行うシンプルなスタイルもあるそうです。


本来の「心から・・」さえ気持ちの中に持ち合わせていれば、周囲への義理立てが主な儀式への参加はシニアには不要でいいと思うのです。


|そのお中元やお歳暮は必要ですか??見直してみても・・

シニアの年齢になってくると、お中元やお歳暮など面倒に感じるのではないでしょうか。

「毎年贈っているので、今更やめるわけには・・」ということで続けている人もいる様ですが、お世話になった方へと感謝の気持ちという本来の主旨から離れた状況で続けていることになります。


頂き物が多い家では、そのまま放置されているケースもあるようです。


退職をきっかけに、形だけの交際を卒業していいと思うのです。


ある時、付き合いの長い友人から送られてきた暑中見舞いハガキの文面に「今春、定年退職しました。年金暮らしになりますので、今年から不義理をさせて頂きます」何かスッキリして頷ける感じで、当然ですが腹など立ちません。


贈る方も贈られる方も、お互い習慣的に贈答を続けていたかも知れませんし、経済的に負担を感じていたかも知れません。


長い付き合いの友人なら、お中元やお歳暮のやり取りがなくても変わらない関係は維持できるはずです。


もしかしたら、思い切って言い出した側に対して「よくぞ言ってくれた」と感謝さえするかも知れません。


ただ、誤解ないように!全てのお中元やお歳暮は止めましょう!と言っている訳ではありません。


贈るのも届くのも、楽しみにしている心がこもったやり取りなら、お中元やお歳暮の習慣を残してもいいかも・・、但し選別したうえで。


|思い出のある品物でも整理するのが必要な時期は来る!

日本人の美徳のひとつとして、物を大切にする!これは子供の頃から両親や祖父母に言われてきたことです。

シニア世代の年齢になってくると、子供の頃からの躾がベースになっているのか「もったいない」という考えを美徳とする傾向を感じます。


物を大切にするという考え方は素晴らしいのですが、人の気持ちは年齢と比例して凝り固まって行くようです。


「もったいない」が強くなっていくと、何も捨てられなくなっていまいます。


その極端な例が、社会問題にもなっている「ゴミ屋敷」です。


誰が見てもゴミとしか思えない物が山積みとなっているのですが、持ち主にしてみると「全て必要なものなので捨てられない」中には「宝の山」と答える人もいるそうです。


これはゴミ屋敷に限ったことではありません。


自分にとっては、「大切な思い出の品」や「貴重な品物」と思っている物でも、他の人から見るとどう見ても不用品であることも珍しくありません。


本当に貴重品だったとしても、持ち主が亡くなった時にその品物を引き継ぐ人の気持ちを考えたことがあるでしょうか?


亡くなった人の人生とのかかわりが感じられる物ほど、簡単に捨てたり売り払う等の処分するわけには行かないという思いがのしかかってきます。


どうでしょうか・・、この世から去る時には、自分の持ち物は可能な限り少なくしておいた方が良い!と思うのです。


いきなりが難しいなら、半分から始めてみることをお勧めします。


これも着れる、あれも着れる・・から最後に身に付けた時が不明な衣類は処分、本や旅行の思い出の品も半分は処分してみる、どうも処分に気が進まない場合は「処分してもいい箱」を作って、丁寧ではなく雑多に放り込んでみる・・、自分の気持ちを整理や処分に向けるための工夫は必要になります。

(次の「引っ越し」も処分や整理のきっかけになると思います)

残す家族に迷惑をかけないシニアを目指すなら、必要なことだと思いますよ。


|シニアになって今の住まいは適正サイズでしょうか?

若い頃は、家族も多く広い家に住みたい、子供部屋も必要、両親や親族が来たら寝る部屋も欲しい・・、一生懸命頑張って実現させたシニアも多いと思います。

月日が流れ、両親は他界し、子供たちも独立すると広い家は持て余す状況に変わっていきます。


最初は空き部屋も荷物置きに使おうとするのですが、気が付けばガラクタ置き場になっていて、ほとんど足を踏み入れなくなります。


他にも、シニア夫婦には掃除も大変ですし、経年劣化によって修繕やリフォームが必要になりお金もかかります。


古くなるとセキュリティーにも不安が出てきます、のんびりと旅行も楽しんでいられないかも・・。


子供も独立して、いくつもの部屋が必要なくなったら、こじんまりとしたマンションに引っ越すというのも、とてもいい選択だと思うのです。


最近のマンションは、しっかり防犯対策もされていますし、断熱効果も優れているので光熱費も抑えられます。


また、バリアフリー化も進んでいるので、万が一身体が不自由になっても一軒家より自宅での生活を長く過ごせるというメリットもあります。


中には「荷物が多いから、マンションには入りきらない!引っ越すのは絶対に無理」という人もいます。


でも、狭いから荷物が入りきらないというのは間違いで、荷物というのは、いくら収納スペースがあっても入りきらないのが普通で、ゆとりがあればあるほど節制が効かなくなる様です。


人は、置く場所が沢山あると思うと、取捨選択が上手にできなくなってしまうみたいで、食卓テーブルの上は処方薬や容器などでいっぱいに・・どのスペースで食事するのか?


棚やカラーボックスは、本やチラシ、眼鏡やその他諸々で、座ったままで必要な物に手が届くような生活・・、高齢になるほど顕著になるといわれていますが・・いいと思いますか?


ここで、抱えている物の半分でも処分や整理する方向に気持ちを向けて欲しいのです。


頑張って抱え込んで、荷物が多い家に住むことで寿命を縮めることになるというデーターもある様です。


国民生活センターの調査によりますと、高齢者の事故の6割は住宅内で起きていて、その主な原因は荷物へのつまずきにあるそうです。


少し狭すぎると感じるマンションに思い切って引っ越しすることで、半ば強制的に荷物の処分や整理が必要になり、終活の第一歩にもなると思います。


今までの生活習慣を正しいと決めてかからずに、疑問を持ちながら見直してみると意外なアイデアに気が付くこともあると信じて欲しい。

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