|気持ちよく生活する為に必要な事のひとつ「怒らない」!
元気なシニアのイメージを、周囲の若い世代に質問してみると、多かったのが「すぐ怒る」。
他にも、人の話を遮って話す、人の意見に耳を貸さない・・等々、人間関係で絞るとあまりいい印象は聞こえてきません。
先日も、スーパーマーケットのレジでポイント対象外の商品について、「説明が無かった、年寄りだと思ってバカにしてるのか?」などと怒って店員に詰め寄っている場面に出くわしました。
後ろにレジ待ちの列ができていることなどお構いなしに・・。
そして、よく引き合いに出されるケースですが、混んでいる電車の中で席を譲られることに「席を譲られるほど老いぼれていない!ばかにするな!」と一喝。
更にさらに、訪問販売のセールスマンが玄関のインターフォンで案内した時点で即座に「年金暮らしのジジィに何を売りつけに来てるんだ!セールスお断りだ、さっさと帰れ」気持ちは分からない訳ではないが、気持ちよく生活するには少しの自制は必要と思います。
スーパーの店員も、電車の中で席を譲ろうとした人も、「ジジィだからバカにしてやろう」という気持ちは一切なかったと思います。
ポイントが付かない普通の説明も、席を譲られたことも、シニアには侮辱の言動と捉えられてしまった様です。
些細な事にも、声を荒げて怒ってしまうのは、周囲から認められたい、尊敬されたい、感謝されたい心的欲求、つまり「社会的承認欲求」が満たされていないのが原因のひとつと言われています。
現役時代、会社などで上席に付いて「課長」や「部長」と呼ばれていたにもかかわらず、退職したとたんにただのジジィになってしまった。
自分は「部長」だったという気持ちの拠り所を、周囲が認めていない状況に対して「みんなバカにしやがって・」と思い込んでしまう。
口調が喧嘩腰になってしまうのも、「バカにされてたまるか」と戦闘態勢が自然と表れてしまったから。
最近のニュースでも気にして見ていることもあってか、どうもシニアの暴挙が目に留まります。
全てとは言いませんが「社会的承認欲求」が満たされていないのが原因となっているケースは少なくないと思います。
日本は超がつく勢いで高齢化が進んでいますので、どこまで国や社会に頼れるのか先が見えなくなっています。
人に頼らず、できる限り自分で頑張ろうとする気持ちは大切だと思うのですが、高齢が原因と思い込んで限界を感じることにもなります。
すると、どうでしょう?「こんなはずではない」と自分に対してもイライラが増えて、「年寄りと思ってバカにしやがって」と思った様にならない怒りが、八つ当たりという形で家族やに周囲に飛び火している状況も起きてしまいます。
非常に多いパターンと思えるのです。
会社を退職して、上下関係が無くなった地域社会の中では、孤立しては生きていけません。
だからこそ、自分ひとりで頑張り過ぎず、家族を含めて周囲の人達と協力したり、時には助けてもらって手を抜けるところは「手を抜く」ことも覚え生活することが大切です・・が、会社で役職者だったりプライドが高い人程苦手みたい。
そして、もうひとつ!「怒る」や「怒鳴る」行為ですが、どちらが気分を害したり気が沈んだりするのでしょうか?
怒鳴られた人より、怒鳴った側の方が「嫌な気になる」様で、成績の良い営業マンは、怒鳴られて追い返された家に再訪するそうです。怒鳴って追い返した側は、「あんな言い方はしなくても良かったかも・・」と気持ちの隅に後悔の念が少しでもあれば、次は怒鳴ったりしないで話を聞いてくれることが多いとのこと。
これは、不快な思いをさせた相手に対する謝罪の念ではなく、怒鳴ってしまった自分に対して気持ちのリセットをしたいから。
日常生活の中で、「怒る」や「怒鳴る」は自分の気持ちを不快にさせて、周囲の人達との間に溝を作ることになり、孤立をどんどん深める事に繋がってしまいます。
怒って、怒鳴っていい事はない!と知るべきです。
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|自分にも他人にも「甘え」ることも覚えましょう!
電車の中で席を譲られた時も、「年寄り扱いされている」と怒るのではなく、素直に親切に甘えるのも大人の対応と思って欲しい。
今日の日本経済を支えて来たのはシニア世代の俺たちなのだ!位の自負を持つと、席を譲られるのは「その功労」で敬われていると思えば、それで済む話です。
断るにしても「健康のために立つことにしているので・・」や「あと少しで着くので・・」位の理屈?の後「親切にありがとう」と軽く頭を下げるなんてどうでしょう?、格好いいシニアに見えませんか?!
中には怒鳴らないまでも、頑なに「結構!よけいなお世話」と自分を厳しく律しているシニアもいるでしょうが、周囲からは瘦せ我慢にしか見えないことも多い。
親切は、素直に受け入れて、いつかできる機会があった時に誰かにお返しをすればいいと思うのです。
|新しい人間関係で自分を変えてみるのも楽しい・・かも
シニアになる前の人間関係では、人となりやイメージが出来上がっていて、急に変わると周囲は驚きの目で見られる事になるでしょう。
定年を迎えて今までの会社生活から解放されたのですから、新しい自分探しや、新しい人間関係を育ててみるのも悪くないと思います。
きっかけの第一歩は新しいことにチャレンジするのもひとつ!
日本人の平均寿命は80歳を超えているのですが、この中には寝たきりや認知症の人も含まれています。
という事は、65歳で定年を迎えてから15年老後を楽しめる!にはならないのです。
健康寿命に着目しなければなりません。
健康寿命とは、健康に問題なく日常生活を普通に送れる年齢のことで、男性で約72歳、女性で約75歳!男性なら定年退職後約7年しかありません。
その7年を、「年寄り扱いされてたまるか」と構えて、怒鳴って怒って人間関係を狭めながら過ごすのはあまりにも勿体ない。
例えば、家族に「お茶が飲みたい!」「新聞持ってきて!」「腹減った、メシは?」これが続くと、いかに温厚な妻でも怒ります。
かといって電車で席を譲ってもらった時の様に、いまさら「親切に、ありがとう」は言えませんよね!
予断ですが、頼んだことをやってもらった時、寺社で拝む時は両手を合わせますが、それを片手にして瞬間ですが額に置く!
これだけでも、違ってきます!自分も相手も気持ち良くやってもらうための工夫になります。
そして、自分を少し変えてみるチャンスは新しいことへの挑戦です。
健康のために新しい仕事をしてみる、短歌や俳句の教室に参加する、大学の社会人クラスの入学や通信教育を始める、水泳やヨガ教室に通ってみる、苦手なパソコンでブログ運営してみる・・探せば一つや二つは、面白そうだ!やってみたいな!と思う事は必ずあるはずです。
新しいことを始めると当然ですが、知らない事ばかりの現実にぶち当たります。
現役時代は「部長」の役職にあった人でも、新しい世界では「ド素人」の「ド新人」で、ここからのスタートになります。
新しい仕事なら自分より若い「先輩」や「上司」から教わる事になるでしょう、短歌や俳句などの教室でもやはり年齢に関係なく先達に教わる事になるでしょう。
ブログ運営でも、方法や手法を知るために検索・・・検索、検索しなければ一歩も先に進めない状態になります。
検索して回答を得るのですが、その回答も間違いなく若い世代から教わることになるのです。
不明な事、分からない事を教えてもらうのに「分からないから、質問している!教えろ!聞いてやる!」など上から目線では質問された側も教えてあげる気にはなれないでしょう。
自分より年齢が下で、孫と同じ位であっても、教えてもらう謙虚な気持ちが必要なのは当然になります。
どの様な言葉や態度で質問したり頼んだら、気持ちよく答えてくれるのか?逆に自分が教える立場なら、どの様に質問されたら気持ちよく答えられるのか?を経験を通して学ぶことになります。
これは現役だった頃とは違って「利害得失」のない人間関係だからこその利点です。
適度な距離感を持った人間関係は、新人シニアにとって心地よい毎日を提供してくれると思います。
謙虚で、怒らず、聞き上手は健康寿命を楽しんで毎日を過ごすための必須の条件かも知れません。